1.急性腰痛症はなぜ運動器リハビリテーションの適応外なのか?
腰痛は整形外科で最も多く診察する症状の一つです。
急性腰痛症、いわゆる「ぎっくり腰」の患者さんに対しても、適切な運動療法や日常生活指導が有効な場合があります。
しかし、医学的に運動療法が必要であることと、健康保険で運動器リハビリテーション料を算定できることは別問題です。
令和8年度診療報酬における運動器リハビリテーション料(H002)の対象患者は、大きく次の2つに分けられています。
① 急性発症した運動器疾患またはその手術後の患者
具体的には、上下肢の複合損傷、脊椎損傷による四肢麻痺、体幹・上下肢の外傷や骨折、切断・離断、運動器の悪性腫瘍などです。
② 慢性の運動器疾患によって、一定程度以上の運動機能および日常生活能力の低下を来している患者
具体的には、関節の変性疾患、関節の炎症性疾患、関節拘縮、運動器不安定症などが挙げられています。
これは厚生労働省の「特掲診療料の施設基準等」別表第九の六、および運動器リハビリテーション料の留意事項通知に規定されています。
ここで問題になるのが、一般的な急性腰痛症です。
明らかな外傷や骨折などを伴わない非特異的な急性腰痛症は、通知に示された急性期の代表的な対象疾患には含まれていません。
したがって、単に「急性腰痛症」という病名があるだけでは、運動器リハビリテーション料の算定根拠として不十分です。
ただし、通知は対象疾患を完全に限定列挙しているわけではありません。そのため、急性腰痛症という病名であれば例外なく算定禁止とまではいえません。
実際の外傷や器質的疾患の有無、運動機能障害の程度、個別リハビリテーションの医学的必要性などによって判断する必要があります。
2.厚生労働省による慢性腰痛の定義
では、急性腰痛症と慢性腰痛症はどこで区別するのでしょうか。
厚生労働省が公開している「腰痛の人を対象にした運動プログラム」では、腰痛の持続期間によって次のように分類しています。
| 分類 | 腰痛の持続期間 |
|---|---|
| 急性腰痛 | 発症から4週間未満 |
| 亜急性腰痛 | 4週間以上3か月未満 |
| 慢性腰痛 | 3か月以上 |
出典:厚生労働省「腰痛の人を対象にした運動プログラム」
ここで重要なのは、慢性腰痛の定義が「3か月以上」であることです。
例えば、2か月間続いている腰痛は慢性腰痛ではなく、亜急性腰痛に分類されます。
しかし、この分類はあくまで症状の持続期間による医学的分類です。
運動器リハビリテーション料の算定要件として、腰痛が3か月以上続いていればよいという規定があるわけではありません。
3か月を経過したからといって、急性腰痛症の病名を慢性腰痛症に変更するだけで、運動器リハビリテーション料が算定できるとは限らないのです。
3.慢性腰痛症なら運動器リハビリテーションを算定できるのか?
慢性腰痛の患者さんには、運動療法が治療上重要な役割を果たします。
しかし、診療報酬上は、慢性の運動器疾患があるだけでは不十分です。
通知では、慢性の運動器疾患によって**「一定程度以上の運動機能及び日常生活能力の低下」**を来していることが要件とされています。
例えば、腰部脊柱管狭窄症による歩行障害、腰椎変性疾患に伴う日常生活動作の障害などがあり、個別の運動療法が必要と判断される場合には、運動器リハビリテーションの対象となり得ます。
一方、腰痛はあるものの日常生活能力に大きな支障がなく、特別な運動機能障害も認められない患者さんについては、算定の必要性を慎重に判断する必要があります。
つまり、重要なのは病名だけではありません。
運動機能の評価、日常生活動作の障害、リハビリテーションの必要性、具体的な治療目標を診療録に記載することが求められます。
なお、慢性腰痛症そのものについて、一律に算定できる、あるいは一律に算定できないと明示した規定は確認できません。個別の病態と算定要件による判断が必要です。
4.運動器リハビリテーションの150日はいつから数えるのか?
運動器リハビリテーション料には、原則として150日という標準的算定日数が設けられています。
令和8年度のH002の規定では、その起算日を次のように定めています。
発症、手術若しくは急性増悪又は最初に診断された日から150日
ここで注意したいのは、リハビリテーションを開始した日から150日ではないということです。
また、当該医療機関を初めて受診した日とも限りません。
例えば、4月1日に骨折し、4月10日からリハビリテーションを開始した場合、原則として骨折の発症日である4月1日が起算日になります。
5月1日に別の医療機関へ転院してリハビリテーションを続けても、同じ骨折であれば5月1日から新たに150日が始まるわけではありません。
なお、150日を超えても、厚生労働大臣が定める条件に該当する場合や、所定の単位数制限の範囲内では算定できる場合があります。
5.レセプトに記載する「発症日」「手術日」「急性増悪日」「最初に診断された日」とは?
令和8年度の診療報酬請求書等の記載要領では、運動器リハビリテーション料について、疾患名とともに次のいずれかの年月日を記載することになっています。
| 記載する年月日 | 内容 |
|---|---|
| 発症年月日 | 対象となる疾病や負傷が発症した日 |
| 手術年月日 | 対象疾患について手術を実施した日 |
| 急性増悪年月日 | 対象疾患が医学的に急性増悪した日 |
| 最初に診断された年月日 | 対象疾患が最初に診断された日 |
それぞれのレセプト電算処理システム用コードも用意されています。
特に「最初に診断された年月日」という記載項目は、慢性疾患の起算日を考えるうえで重要です。
「最初に診断された日」は当院での診断日とは限らない
例えば、ある患者さんが4月1日にA整形外科で腰部脊柱管狭窄症と診断され、6月1日にB整形外科を初めて受診し、運動器リハビリテーションを開始したとします。
その場合、同じ疾患に対するリハビリテーションであれば、4月1日が「最初に診断された日」として起算日になる可能性があります。
B整形外科に初めて来院した6月1日を、当然のように新しい起算日として扱うことはできません。
東京都医師会の「開業医のための保険診療の要点」でも、他の医療機関から紹介された患者について、前医における発症日が起算日となる場合があることが説明されています。
したがって、紹介状や診療情報提供書に記載された既往歴、診断日、発症日などを確認する必要があります。
もちろん、手術や医学的に明確な急性増悪などによって病態が変化した場合には、新たな起算日が認められることがあります。
しかし、単に転院したという理由だけで150日がリセットされるわけではありません。
6.同じ腰痛でも、急性増悪すれば新しい起算日になるのか?
これも注意が必要な問題です。
慢性腰痛症の患者さんが、ある日突然強い腰痛を訴えたとします。
その日を「急性増悪日」として、新たに150日の運動器リハビリテーションを開始できるのでしょうか。
医学的に明確な急性増悪が認められ、病態や運動機能障害が変化し、新たなリハビリテーションが必要となった場合には、起算日を変更できる余地があります。
しかし、単に痛みが強くなったというだけで、機械的に起算日を変更できるわけではありません。
厚生労働省の指導・監査資料である「保険診療確認事項リスト」でも、次のような取り扱いが問題例として挙げられています。
- 慢性的な脊椎疾患について、発症日を十分に確認せず新たな疾患としてリハビリテーションを開始している。
- 標準的算定日数を経過するたびに対象疾患を変更している。
- 同じ疾病のリハビリテーションを継続しているにもかかわらず、発症日をリセットしている。
また、手術などによって起算日を変更した際に、新たなリハビリテーション実施計画書を作成していないことも問題とされています。
つまり、急性増悪による起算日の変更には、医学的な根拠と診療録への記載が必要です。
単に病名や日付を変更することによって算定期間を延長することは、適切ではありません。
7.「急性腰痛症」は運動療法の必要がないという意味ではない
ここまで診療報酬の規定を説明しましたが、誤解していただきたくないことがあります。
急性腰痛症が運動器リハビリテーション料の算定対象になりにくいことと、急性腰痛症に運動療法が必要ないことは、まったく別の問題です。
急性腰痛症では、痛みの程度や神経症状を評価しながら、可能な範囲で日常生活の活動性を維持することが重要です。
必要に応じて運動方法の指導や生活動作の改善を行うことにも意義があります。
ただし、こうした医学的に有用な指導や治療のすべてが、疾患別リハビリテーション料として保険算定できるわけではありません。
医療上の必要性と診療報酬上の算定要件は、分けて考える必要があります。
8.まとめ
急性腰痛症は、運動療法が有効な場合であっても、病名だけで運動器リハビリテーション料の算定対象になるわけではありません。
厚生労働省は慢性腰痛を3か月以上持続する腰痛と定義していますが、慢性腰痛になれば自動的に保険算定が認められるわけでもありません。
また、運動器リハビリテーション料の150日の起算日は、発症日、手術日、急性増悪日、最初に診断された日などであり、当該医療機関の初診日やリハビリテーション開始日とは限りません。
特に慢性の脊椎疾患については、前医での発症日や診断日を確認せず、転院先の初診日を新たな起算日とすることには注意が必要です。
運動器リハビリテーションの算定では、疾患名だけでなく、医学的必要性、運動機能障害、日常生活能力の低下、起算日の妥当性を総合的に判断することが大切です。

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