かつて、診療報酬には「椎間板ヘルニア徒手整復術」という手術項目がありました。
K117-3「椎間板ヘルニア徒手整復術」で、2,570点、金額にすると25,700円です。
ところが、この項目は2022年(令和4年)の診療報酬改定で廃止されました。
なぜ廃止されたのでしょうか。
以前、腰椎椎間板ヘルニアと診断した患者全例に、麻酔をせずに椎間板ヘルニア徒手整復術を算定していた医療機関があったという話を聞いたことがあります。
そもそも、椎間板ヘルニアは徒手的に整復できるものなのでしょうか。
1.椎間板ヘルニア徒手整復術とは
椎間板ヘルニアは、椎間板の一部が突出あるいは脱出し、神経根などを圧迫することで痛みやしびれなどを引き起こす疾患です。
骨折や脱臼であれば、徒手的に骨の位置を元に戻すことができます。
しかし、椎間板ヘルニアの場合、突出した椎間板組織を体の外から押して元に戻すことは、通常できません。
では、椎間板ヘルニア徒手整復術とは、どのような手技だったのでしょうか。
古い診療報酬通知を調べると、興味深い記載があります。
1988年(昭和63年)の厚生省通知には、頸椎椎間板ヘルニアや頸椎骨軟骨症の新鮮例に対して、全身麻酔下に牽引して行う頸椎の非観血的整復術が記載されています。
また、椎間板ヘルニアの徒手整復術についても、脊椎脱臼非観血的整復術に準じて算定することとされていました。
つまり、かつては椎間板ヘルニアに対して、徒手的な整復を試みる治療が診療報酬上認められていたのです。
ただし、全身麻酔下の頸椎整復術と椎間板ヘルニア徒手整復術が、まったく同一の手技だったわけではありません。
2.全身麻酔下で頸椎を整復する手技があった
2000年(平成12年)の厚生省通知には、次のような記載があります。
頚椎椎間板ヘルニア及び頚椎骨軟骨症の新鮮例に対する頚椎の非観血的整復術(全麻、牽引による)
この手技は、当時、K117「脊椎脱臼非観血的整復術」に準じて算定するものとされていました。
その後、K117-2「頸椎非観血的整復術」として独立した項目になっています。
ここで重要なのは、単に首を引っ張ったり、マッサージしたりする治療ではなかったという点です。
全身麻酔下に牽引を行う、特殊な整復手技として位置づけられていました。
現在の整形外科診療では、頸椎椎間板ヘルニアに対して、このような治療を日常的に行うことはありません。
なお、K117-2「頸椎非観血的整復術」は、椎間板ヘルニア徒手整復術とは別の項目であり、2022年に両方が廃止されたわけではありません。
3.腰椎椎間板ヘルニアを無麻酔で整復できるのか?
ここが最も疑問に感じるところです。
腰椎椎間板ヘルニアでは、突出した椎間板組織によって神経根が圧迫され、腰痛や下肢痛などが生じます。
しかし、患者の腰をひねったり、下肢を牽引したりすることで、突出した椎間板組織が元の位置に戻ることを確認できるのでしょうか。
少なくとも、通常の診療でそのような整復を客観的に確認することは困難です。
徒手操作によって痛みが軽減したとしても、それだけで椎間板ヘルニアが整復されたとはいえません。
筋緊張の変化や姿勢の変化などによって症状が軽減することも考えられるからです。
症状が軽減したことと、突出した椎間板組織が整復されたことは、別の問題です。
4.腰椎椎間板ヘルニアの患者全例に算定していた医療機関も?
以前、腰椎椎間板ヘルニアと診断した患者全例に、麻酔をせずに椎間板ヘルニア徒手整復術を算定していた医療機関があったという話を聞きました。
仮にそのような算定が行われていたとすれば、疑問があります。
椎間板ヘルニア徒手整復術は、単に椎間板ヘルニアと診断しただけで算定できるものではありません。
また、腰を動かしたり、下肢を牽引したりしただけで、必ずしも椎間板ヘルニアの整復術を行ったことにはなりません。
診療報酬上の手術料を算定するのであれば、実際にその手術に相当する医療行為を行っている必要があります。
「椎間板ヘルニアの患者に徒手操作を行った」ことと、「椎間板ヘルニアを徒手的に整復した」ことは同じではありません。
なお、このような医療機関が存在したという話について、今回、公的な調査資料や具体的な審査事例を確認できたわけではありません。
したがって、これが全国的に行われていたと断定することはできません。
5.2022年の診療報酬改定で廃止された
K117-3「椎間板ヘルニア徒手整復術」は、2022年(令和4年)の診療報酬改定で廃止されました。
廃止前の点数は2,570点でした。
厚生労働省の令和4年度診療報酬改定資料には、「医療技術評価分科会の評価を踏まえた対応」として、既存技術の見直しが示されています。
そして、削除する技術の例として、椎間板ヘルニア徒手整復術が明記されています。
つまり、この手技が診療報酬から削除されたことは、厚生労働省の資料で確認できます。
ただし、同資料には、椎間板ヘルニア徒手整復術を削除した個別の理由までは明記されていません。
6.なぜ廃止されたのか?
私は、椎間板ヘルニア徒手整復術が廃止された背景には、いくつかの問題があったのではないかと考えています。
第一に、椎間板ヘルニアを徒手的に整復するという治療の有効性が、現代の医学で十分に確立されていないことです。
第二に、徒手操作によって実際に椎間板ヘルニアが整復されたかどうかを、客観的に判断することが難しいことです。
第三に、通常の腰椎椎間板ヘルニアの診療で、このような手技を必要とする場面がほとんどないことです。
そして第四に、実際の診療行為と算定される手術名との間に、解釈の違いが生じやすかった可能性があります。
ただし、これらは私の考察であり、厚生労働省が個別の廃止理由として公表したものではありません。
医療技術の評価が見直される中で、現在の診療実態に合わなくなった項目が整理されたと考えるのが自然でしょう。
7.椎間板ヘルニア徒手整復術と頸椎非観血的整復術は別の項目
ここは、診療報酬の歴史を理解するうえで重要です。
以前の診療報酬には、次のような項目がありました。
| 診療報酬区分 | 手術名 | 2022年改定での扱い |
|---|---|---|
| K117 | 脊椎脱臼非観血的整復術 | 廃止対象ではない |
| K117-2 | 頸椎非観血的整復術 | 廃止対象ではない |
| K117-3 | 椎間板ヘルニア徒手整復術 | 廃止 |
この3つは、名称が似ていても別の項目です。
特に、全身麻酔下に牽引して行う頸椎非観血的整復術の規定を、そのままK117-3の算定要件と理解するのは正確ではありません。
一方で、こうした古い通知を読むと、脊椎疾患に対する非観血的整復という考え方が、かつて診療報酬上存在していたことが分かります。
8.まとめ
椎間板ヘルニア徒手整復術は、かつてK117-3として2,570点が設定されていましたが、2022年の診療報酬改定で廃止されました。
古い厚生省通知には、頸椎椎間板ヘルニアなどに対して全身麻酔下に牽引して整復する手技が記載されています。
ただし、これはK117-2「頸椎非観血的整復術」に相当するもので、廃止されたK117-3とは区別する必要があります。
椎間板ヘルニアは、骨折や脱臼のように、外から力を加えれば容易に元の位置に戻せるものではありません。
徒手操作によって症状が改善したとしても、それだけで椎間板ヘルニアが整復されたとはいえません。
椎間板ヘルニア徒手整復術が廃止されたのは、現代の診療実態や医学的評価に照らして、その位置づけが見直されたためではないかと考えます。
診療報酬には、医学の進歩とともに役割を終える項目もあります。椎間板ヘルニア徒手整復術は、その一例といえるでしょう。
参考資料
- 厚生労働省「診療報酬点数表の一部改正等に伴う実施上の留意事項について」(昭和63年3月19日)
昭和63年の通知 - 厚生労働省「新診療報酬点数表の一部改正に伴う実施上の留意事項について」(平成12年3月17日)
平成12年の通知 - 厚生労働省「令和4年度診療報酬改定の概要」
医療技術評価分科会の評価を踏まえた対応 - 厚生労働省「医療技術評価提案書(保険既収載技術用)」
椎間板ヘルニア徒手整復術に関する提案書

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