トリガーポイント注射は整形外科で日常的に行われる治療ですが、胸部や背部への注射では、まれに気胸を起こすことがあります。
では、実際には針を何mmくらい刺すと胸膜に達するのでしょうか。
結論から言えば、「○mmまでなら絶対に安全」という数字はありません。刺入部位だけでなく、患者のBMI、性別、胸郭の厚さ、姿勢などによって、皮膚から肋骨や胸膜までの距離が異なるためです。
ただし、超音波やCTを用いた研究から、肩甲間部、特に菱形筋付近では、胸郭が予想以上に浅い位置にあることがわかっています。
菱形筋付近では肋骨まで約20mmしかないことがある
菱形筋は肩甲骨の内側に位置し、トリガーポイント注射の対象になることがあります。その深部には肋骨があり、さらに胸膜と肺が存在します。
Seolらは2014年、62人を対象に超音波を用いて、肩甲骨内側縁から1cm内側の菱形筋部における皮膚から筋肉表面までの距離と、皮膚から肋骨までの距離を測定しました。
結果は次のとおりです。
| 測定項目 | BMI 23未満 | BMI 25以上 |
|---|---|---|
| 皮膚から菱形筋表面 | 約12mm | 約18mm |
| 皮膚から肋骨表面 | 約21mm | 約27mm |
| 研究で設定された刺入深度の目安 | 14~17mm | 21~22mm |
つまり、BMIが低い患者では、菱形筋付近の肋骨が皮膚から平均約2cmの位置にあるということです。
ただし、これらは平均値であり、個々の患者での安全性を保証するものではありません。
参考:Seol SJ, et al. Ann Rehabil Med. 2014.
さらに浅いという報告もある
別の超音波研究では、正常体重の患者における菱形筋付近の皮膚から肋骨までの距離が約15~17mmと報告されています。
この研究では、正常体重の患者に菱形筋への刺入を行う場合、15mmを超えない深さが安全性を考慮した一つの目安として提案されています。
また、Fernández-de-Las-Peñasらによる2021年の研究では、菱形筋と胸膜までの距離を超音波で測定し、性別、BMI、胸囲などによって深さが変化することが示されています。
この研究では、胸膜損傷の危険を減らしながら菱形筋を対象とする際の深度として、19mmという目安も提示されています。
ただし、これらの数値は測定部位や体格などを考慮した研究上の目安であり、すべての患者に適用できる安全深度ではありません。
25mm針でも胸膜に到達し得る
トリガーポイント注射では、25mm程度の針が使用されることがあります。
しかし、皮膚から肋骨まで15~20mm程度しかない患者に、25mm針を根元近くまで刺入すれば、肋骨の深さを超える長さになります。
さらに重要なのは、針が必ず肋骨に当たるとは限らないことです。
肋骨の真上であれば、肋骨自体が針の進入を止める可能性があります。しかし、針が肋間に向かって進めば、骨による防御はありません。
その深部には胸膜が存在するため、刺入部位や方向、患者の体格によっては、25mm針でも胸膜損傷を起こす可能性があります。
短い針を使用しているからといって、安全とは限りません。
「肋骨までの距離」と「胸膜までの距離」は異なる
ここは特に注意が必要です。
Seolらの2014年の研究で示された約21mmという数値は、厳密には皮膚から胸膜までの距離ではなく、皮膚から肋骨表面までの距離です。
したがって、「21mm刺入すれば胸膜に達する」という意味ではありません。
肋骨の真上から刺入すれば、肋骨が胸膜を保護する構造になります。
一方、肋間に向かって刺入した場合には、同じ深さでも胸膜損傷の危険があります。
また、刺入角度によって、針の刺入長と皮膚からの垂直方向の深さは異なります。
このため、皮膚から肋骨までの距離を、そのまま胸膜穿刺の危険深度として扱うことはできません。
ただし、肩甲間部では胸郭が非常に浅い位置にあるという点で、重要な情報です。
肩甲骨の直上と内側では危険性が異なる
肩甲骨の直上では、針と胸膜の間に肩甲骨が存在します。
一方、肩甲骨内側縁より内側では、肩甲骨による骨性の防御がありません。
2026年に発表された1,015人の胸部CTを用いた研究でも、肩甲骨内側縁より外側の肩甲骨背側領域では、肩甲骨が胸膜を保護する構造になることが説明されています。
一方、肩甲骨内側の領域では、針が胸膜へ到達する危険性が高くなります。
ただし、肩甲骨の直上であれば、どの方向から刺入しても安全というわけではありません。肩甲骨の縁を越える方向への刺入などには注意が必要です。
BMIだけでなく性別によっても違う
一般に、やせた患者では皮膚から胸郭までの距離が短くなる傾向があります。
しかし、BMIだけで安全な刺入深度を判断することはできません。
2026年の1,015人を対象としたCT研究では、年齢、性別、BMIによって皮膚から筋肉や胸膜までの距離に差が認められています。
測定部位によっては、女性の方が男性より皮膚から胸膜までの距離が短いことも示されています。
したがって、同じBMIでも、性別や胸郭の形態、筋肉量などによって危険な深さは異なります。
触診だけで肋骨の位置を正確に判断できるのか
肋骨を触診で確認し、その真上から刺入すれば安全と考えることもできます。
しかし、菱形筋部で医師が触診により肋骨の位置を同定し、超音波で確認した研究では、正しく肋骨上を同定できていた割合は66.3%でした。
つまり、約3分の1では、触診による肋骨の位置の判断が正確ではなかったことになります。
特にBMIや筋肉量が大きい患者では、肋骨の位置を正確に触知することが難しくなります。
触診だけに依存せず、必要に応じて超音波で肋骨や胸膜の位置を確認することが重要です。
結局、何mmなら安全なのか?
残念ながら、すべての患者に共通する安全な刺入深度はありません。
これまでの研究を整理すると、菱形筋・肩甲間部では、皮膚から肋骨までの距離が15~20mm程度しかない患者が存在します。
また、研究によって14~17mm、15mm、19mmなどの刺入深度の目安が提示されています。
しかし、これらは特定の条件で得られた数値であり、「20mm以内なら安全」という意味ではありません。
むしろ重要なのは、肩甲間部では胸郭が予想以上に浅い位置に存在するという認識です。
特に、やせた患者の肩甲骨内側縁付近にトリガーポイント注射を行う場合には、25mm針であっても胸膜損傷を起こし得ることを意識する必要があります。
必要に応じて超音波で胸壁の厚さや肋骨・胸膜の位置を確認し、刺入部位、方向、深さを慎重に判断することが望まれます。
また、注射後に胸痛、呼吸困難、咳などが出現した場合には、気胸を疑って速やかに評価する必要があります。
まとめ
トリガーポイント注射による気胸はまれな合併症ですが、肩甲間部、特に菱形筋付近では注意が必要です。
超音波研究では、皮膚から肋骨まで15~20mm程度しかない患者が存在することが報告されています。
そのため、25mm針を使用していても、刺入部位や方向によっては胸膜損傷を起こす可能性があります。
ただし、肋骨までの距離と胸膜までの距離は異なり、研究で提示された深度を絶対的な安全基準とすることはできません。
「トリガーポイント注射で気胸になる深さは何mmか」という問いに対しては、「肩甲間部では20mm前後でも危険になり得るが、すべての患者に共通する安全深度はない」というのが実際的な答えだと思います。
参考文献
1.Seol SJ, et al. Appropriate Depth of Needle Insertion During Rhomboid Major Trigger Point Block. Ann Rehabil Med. 2014;38:72–76.
PubMed
2.菱形筋部における超音波による刺入深度の検討(2020年)。
論文全文
3.Fernández-de-Las-Peñas C, et al. Prediction model of rhomboid major and pleura depth based on anthropometric features to decrease the risk of pneumothorax during dry needling. Int J Clin Pract. 2021.
PubMed
4.菱形筋部の肋骨位置を触診と超音波で比較した研究。
PubMed
5.肩甲間部の刺入深度を胸部CTで検討した研究(2026年、1,015例)。
論文全文

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