以前、初診で来院した患者さんが問診票を記入して受付へ提出したものの、診察を受けずに帰宅されたことがありました。
その後、「問診票には個人情報が書いてあるので返してほしい」と希望された場合、医療機関はその問診票を返却すべきなのでしょうか。
少し悩ましい問題です。
問診票に書かれている氏名、症状、受傷状況などの情報は、もちろん患者さん本人に関する個人情報です。
一方で、患者さんが問診票を記入して医療機関へ提出した時点で、その文書は医療機関が受け取った記録でもあります。診察に至らなかった場合に、その問診票が法律上の「診療録」として保存義務の対象になるかは必ずしも明確ではありませんが、少なくとも医療機関が取り扱う個人情報として、適切に管理する必要があります。
労災が疑われる場合はどうするか
さらに難しいのが、問診票に「仕事中にケガをした」など、労災を疑わせる記載があった場合です。
労災かどうかを最終的に判断するのは医療機関ではなく、労働基準監督署です。会社が労災と認めなくても、労働者本人は労災請求を行うことができます。
また、事業者には、労災等によって労働者が死亡または休業した場合、労働者死傷病報告を提出する義務があります。故意に提出しなかったり、虚偽の報告をしたりすることが「労災かくし」です。
したがって、問診票に業務中の受傷であることが具体的に記載されている場合、それは後に受傷状況を確認する資料になる可能性があります。
そのような文書を、患者さんの希望だけでその場で返却してしまうことが適切かどうかは、慎重に考えた方がよいと思います。
では、どうするのがよいか
一般的な問診票で、診察前に患者さんが受診を取りやめたのであれば、医療機関のルールに従って返却または廃棄するという対応もあり得ると思います。
一方で、
・受診の事実があった
・受傷状況について具体的な記載がある
・後に労災や第三者行為などの判断に関係する可能性がある
といった場合には、原本をそのまま返却するのではなく、少なくとも院内での取扱いを統一しておく方が安全です。
例えば、
「診察前に帰宅した場合でも、一度提出された問診票は一定期間保管する」
という院内ルールを決めておけば、受付担当者ごとに対応が変わることを防げます。
「証拠だから保存する」と言い切るのは注意
ただし、医療機関が「労災かくしの証拠を確保する」こと自体を目的に問診票を保管する、という表現は少し強すぎると思います。
労災かくしを調査するのは労働基準監督署であり、医療機関の役割は捜査ではありません。
あくまで、
「医療機関に提出された受診時の記録として、必要な期間適切に管理する」
という考え方がよいでしょう。
診察に至らなかった問診票を必ず何年間保存しなければならない、という明確な全国一律のルールは私が確認した範囲では見当たりません。そのため、実務上は院内規程を定め、返却・破棄・保存の扱いを統一しておくのが現実的だと思います。

コメント