「普通はいくつですか?」骨密度の平均値と健康の意外な関係

外来で骨密度検査の結果を説明していると、患者さんからよく聞かれる質問があります。

「普通はいくつですか?」

詳しく聞いてみると、多くの場合、「自分と同じ年齢の人の骨密度はどのくらいなのか」という意味のようです。

自分が同年代の平均より上なのか下なのか、気になるのは当然でしょう。

しかし、同年代の平均値だからといって、健康な状態とは限りません。

これは骨密度に限らず、さまざまなことに当てはまります。

1.骨粗鬆症は同年代の平均値で診断するのではない

骨密度検査では、一般に二つの数値が使われます。

一つは、若年成人平均値(YAM)との比較です。

もう一つは、同年代の平均骨密度との比較です。

この二つは似ているようですが、意味が異なります。

若年成人平均値(YAM)とは?

YAMとは、Young Adult Meanの略で、一般に20~44歳の健康な成人の平均骨密度を指します。

日本の原発性骨粗鬆症の診断基準では、骨密度がYAMの70%以下であることが、骨粗鬆症を診断する基準の一つになっています。

例えば、若い成人の平均骨密度を100とした場合、70以下になると骨粗鬆症の診断基準に該当します。

ただし、脆弱性骨折の有無などによって診断基準は異なり、骨密度だけで判断するものではありません。

同年代の平均値ではだめなのか?

骨密度は加齢とともに低下し、特に女性では閉経後に低下しやすくなります。

そのため、高齢になるほど、同年代の平均骨密度も低くなります。

例えば、75歳の女性の骨密度が同年代の平均値と同じだったとしても、その値がYAMの70%以下であれば、骨粗鬆症に該当する可能性があります。

つまり、同年代の平均値と同じだから安心、というわけではないのです。

もっとも、同年代との比較が無意味ということではありません。年齢相応の骨密度かどうかを知るうえでは参考になります。

しかし、骨粗鬆症の診断や骨折リスクの評価では、若年成人平均値との比較や骨折歴などが重要になります。

2.平均より虫歯が少なければ健康なのか?

昔、子どもの虫歯が平均3本という時代がありました。

そのとき、虫歯が2本の子どもがいたとします。

平均3本に対して2本ですから、数字だけを見れば平均より良いことになります。

しかし、だからといって虫歯が2本あることを喜んでよいのでしょうか。

虫歯はない方が望ましいのは言うまでもありません。

このように、平均値は集団の状態を表す数字であって、必ずしも健康の目標値ではありません。

骨密度についても同じことが言えます。

同年代の平均値であっても、骨折の危険性が高い場合があります。

患者さんが知りたいのは「普通かどうか」ですが、医師が考えなければならないのは「健康上の問題があるかどうか」です。

この二つは必ずしも一致しません。

3.平均身長・平均体重で表彰された中学生

私が小学生のときの話です。

向かいの家に住む中学生の男の子が、学校の身体計測で平均身長・平均体重だったため、表彰されたと聞いたことがあります。

当時の私は、平均というのはそんなに珍しいものなのかと思いました。

身長も体重も平均ということは、いかにも普通の体格のように思えます。

しかし、考えてみると、身長が平均の人と体重が平均の人は、必ずしも同じではありません。

身長と体重だけでも、両方が平均値に近い人は少なくなります。

さらに、座高、腕の長さ、脚の長さ、肩幅なども平均値に近い人となると、もっと少なくなるでしょう。

実は、この問題を調べた興味深い研究があります。

4.平均的なパイロットは一人もいなかった

1950年代、米空軍では戦闘機のコックピットの設計が問題になっていました。

当時は、平均的なパイロットの体格を基準にして操縦席を設計するという考え方がありました。

しかし、実際の人間の体格には大きな個人差があります。

そこで、米空軍のギルバート・ダニエルズ(Gilbert S. Daniels)は、4,063人のパイロットの身体寸法を調査しました。

調査では、身長、胸囲、腕の長さなど、10項目の身体寸法を取り上げました。

そして、それぞれの項目について、平均値を中心とした一定の範囲に収まる人を「平均的」として調べました。

その結果は驚くべきものでした。

10項目すべてが平均的な範囲に収まったパイロットは、4,063人のうち一人もいなかったのです。

つまり、0%でした。

もちろん、これは10項目すべてが平均値と完全に一致する人を探したわけではありません。

各項目に一定の幅を持たせていたにもかかわらず、すべての条件を満たす人がいなかったということです。

この研究は、「平均的な人間」を基準にして製品を設計することの問題点を示した事例として、現在でも紹介されています。

5.平均的な人に合わせるより、個人に合わせる

戦闘機のコックピットでは、操縦士の体格に合わない設計が、安全上の問題につながる可能性があります。

座席の位置が合わなければ、操縦装置に手が届きにくくなったり、計器が見えにくくなったりします。

そこで、座席や操縦装置などを個人の体格に合わせて調整できる設計が重視されるようになりました。

この話で重要なのは、平均値そのものが間違っているということではありません。

平均値は集団の特徴を知るために役立ちます。

しかし、平均値をそのまま個人に当てはめると、うまくいかないことがあるということです。

なお、戦闘機の墜落事故が、この研究だけで解決されたというわけではありません。平均的な体格を前提とした設計の限界を示したことに、この研究の意義があります。

6.医療でも「平均」と「正常」は違う

医療では、平均値、基準範囲、診断基準など、さまざまな数値が使われています。

しかし、これらは同じ意味ではありません。

例えば、血圧が同年代の平均値と同じでも、高血圧に該当することがあります。

また、体重が同年代の平均値と同じでも、肥満や低栄養の問題がないとは限りません。

骨密度も同様です。

高齢者の骨密度が同年代の平均値と同じであっても、骨粗鬆症と診断されることがあります。

反対に、平均値から外れていても、必ずしも病気とは限りません。

平均値は、あくまでも集団の中心を示す数字です。

平均値と同じかどうかと、健康かどうかは別の問題なのです。

7.まとめ

外来で骨密度の結果を説明していると、患者さんから「普通はいくつですか?」と聞かれることがあります。

しかし、骨粗鬆症の診断では、同年代の平均値よりも、若年成人平均値(YAM)との比較などが重要です。

同年代の平均値だからといって、骨粗鬆症ではないとは限りません。

また、平均的な人間というのも、実際には意外に少ないものです。

米空軍の調査では、10項目すべてが平均的な範囲に入ったパイロットは、一人もいませんでした。

平均値は便利な数字ですが、健康の目標値とは限らず、個人の特徴を十分に表しているとも限りません。

普通だからよいとは限りません。そもそも、普通の人というのは、案外いないのかもしれません。

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