ハイドロリリースでは、本当に神経の「癒着」が剝がれているのか?

エコーを見ながら神経周囲に液体を注入する「ハイドロリリース(ハイドロディセクション)」という治療があります。

注入すると、エコー画面では神経の周囲に黒い液体の層が現れ、神経と周囲組織が離れていく様子がよく分かります。

このため、「神経周囲の癒着を剝がす」「神経の滑走をよくする」「神経への圧迫を解除する」などと説明されることがあります。

しかし、実際には何が起きているのでしょうか。

神経の周囲にもともと明瞭な空洞があるわけではありません。

注入した液体が神経周囲の疎性結合組織などを押し広げることによって、一時的な間隙ができます。エコーで見える黒い部分は、そこに入った液体です。

したがって、エコーで神経周囲に黒い帯ができたことから確実にいえるのは、「液体によって組織層が分離した」というところまでだと思います。

それだけで、「癒着が剝がれた」「神経への圧が下がった」とまでいうことはできません。

一方、機械的な作用を支持する研究はあります。

Eversらは、手根管症候群のない新鮮凍結遺体の手根管で、正中神経の滑走抵抗を測定しました。

ハイドロディセクションを行うと、直後の最大滑走抵抗は平均約21%低下しました。

つまり、少なくともこの実験では、液体で神経周囲を分離することによって神経が動きやすくなったことになります。

ただし、これは正常な遺体の手根管で行った実験です。

実際の患者さんの神経周囲にある「癒着」が剝がれたことや、神経に加わる圧力が低下したことを直接証明した研究ではありません。

臨床研究では、ハイドロディセクション後に痛みやしびれ、神経伝導、神経断面積などが改善したという報告があります。

しかし、研究の多くは手根管症候群を対象としており、生理食塩水、5%ブドウ糖液、ステロイドなど、さまざまな注入液が使用されています。

ここで一つ問題があります。

例えば「5%ブドウ糖液」と「生理食塩水」を比較した場合、生理食塩水は薬理学的な比較対照にはなりますが、ハイドロリリースという手技そのものの偽処置にはなりません。

生理食塩水でも数mL注入すれば、神経周囲の組織を物理的に押し広げるからです。

したがって、ハイドロリリースそのものの効果を厳密に調べるには、神経周囲に液体を入れない偽処置との比較が必要になります。

しかし、これも簡単ではありません。

患者さんがエコー画面を見れば、神経周囲が液体によって分離されたかどうかが分かってしまう可能性があります。

期待による効果まで厳密にそろえようとすると、試験デザインにはさらに工夫が必要になります。

もう一つ私が疑問に思うのは、「神経への圧が下がる」という説明です。

私が調べた限りでは、ハイドロリリースの前後で神経周囲圧や神経への接触圧を直接測定し、注入後に圧が低下したことを証明した研究は見つけられませんでした。

むしろ、狭い場所へ一定量の液体を注入する以上、少なくとも注入中には局所の圧力が発生します。

したがって、

「液体で神経周囲が分離する」
「神経が滑走しやすくなる」
「神経への圧迫が減る」

という3つは、同じことではありません。

さらに、注入した液体が神経周囲にどのくらいの時間とどまるのか、エコーで見える黒い液体層が何分で消失するのか、その後どのように吸収・拡散するのかについても、十分には分かっていません。

では、なぜ症状が改善するのでしょうか。

機械的な分離以外にも、いくつかの可能性があります。

神経痛には、明らかな機械的圧迫だけでなく、神経周囲の炎症や浮腫、神経そのものの興奮性の変化などが関係します。

また、局所麻酔薬やステロイドなどを使用すれば、その薬理作用も加わります。5%ブドウ糖液についても、単なる機械的作用だけでは説明できない作用機序が研究されています。

さらに、注射という刺激そのもの、自然経過、期待による効果なども考慮する必要があります。

したがって、現時点では、

「ハイドロリリースによって神経周囲の癒着が剝がれ、圧迫が解除されるから効く」

と単純に説明するより、

「注入した液体によって神経周囲の組織層が一時的に分離することは確認できる。神経の滑走を改善する可能性もある。しかし、症状改善の機序には機械的作用だけでなく、注入液の薬理作用や神経周囲の環境変化など複数の要因が関係している可能性がある」

と考える方が、現在のエビデンスには合っているように思います。

そして、私がハイドロリリースそのもの以上に重要だと思うのは、「なぜその神経に負担がかかったのか」を考えることです。

例えば腓骨神経障害なら、脚を組む習慣、長時間の圧迫姿勢、長期臥床、急激な体重減少、装具による圧迫などが原因になることがあります。

こうした原因が残ったままなら、注射によって一時的に症状が軽くなっても再発する可能性があります。

注射直後に痛みやしびれが軽くなったかどうかだけではなく、原因を探し、それに介入し、その後長期間症状が改善しているかまで確認して、初めて治療としての価値を評価できるのではないでしょうか。

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