「私は誰か」と自らに問いかけた時、”真実の「私」”を知らないことに気付くのです。私は、誰なのか、どのような存在なのか、という疑問が生じるのです。この問いかけこそが、”真実の「私」”という身体の真奥に存在する真我を知る曙光となるのです。”真実の「私」”を知ることは、人間として生まれた真の目的であると言えましょう。